今日の川柳の時間が始まります。
さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。
何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。
こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。
それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。
今回は「白菜に感情があれば何を思っているだろう」について詠まさせて頂きます。
お恥ずかしい句になっていないか心配です。
背景
畑に残された最後の白菜。
夜の冷え込みでまた凍るかもしれない。
けれど冷蔵庫に入れば、奥さまに“邪魔だから”と処分されてしまう。
どこに置かれても、白菜自身には選べない運命。
それでも「まだ食べてよ」と、
凍えながらも春を待つようにじっと耐えている姿を描きました。
畑の端に残された最後の白菜は、冬の冷たい風をじっと受けながら、季節の移ろいを静かに見つめている。
越冬大根が抜かれていくのを横目に、「次は自分の番だろうか」と少し身を縮める。
夜の冷え込みが厳しい日は、葉の外側が凍りつき、朝日が昇るまでの時間がとても長く感じられる。
それでも、畑にいる限りは“家族の食卓に上がる”という役目があると信じている。
ところが、いざ収穫されて家に運ばれると、冷蔵庫に入れられた瞬間に運命が変わることもある。
大きくて場所を取るからと、奥さまに処分されてしまうこともある。
畑で寒さに耐えた日々を思えば、それは少し切ない。
外に置いておけば、また凍るかもしれない。
でも、春の気配が少しでも混じる日なら、まだ美味しく食べてもらえるはずだ。
そんな思いで、白菜は今日も畑の空気を吸い込みながら、凍える夜を越えていく。
食べてもらえる日を信じて、葉をぎゅっと巻きながら。
畑の片隅で最後に残った白菜は、昨日の朝、うっすらと白い膜をまとっていた。
霜が降りたのではなく、凍りかけた証拠。外葉の端が少し透明になり、触れればパリッと割れそうな冷たさだった。
「もう少しだけ耐えれば、きっと食べてもらえる」
そんな気持ちで、白菜は葉をぎゅっと巻き直す。けれど、今日もまた気温が下がり始めている。
天気予報では“暖かくなる”と言っていたはずなのに、冬はいつも気まぐれだ。
家に入れてもらえれば安心だが、冷蔵庫に入った瞬間に運命が変わることも知っている。
大きすぎて邪魔だと判断されれば、そのまま処分されてしまう。畑で寒さに耐えた日々を思えば、それはあまりにも切ない。
外に置かれたまま凍るのも怖い。家に入れば捨てられるかもしれない。
でも、どちらにしても、私は食べてもらうために育ったんだ。
そんな思いを胸に、白菜は今日も夕暮れの冷気を吸い込みながら、凍える夜を迎える準備をしている。
ヒロくんがまた様子を見に来てくれることを、どこかで期待しながら。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
今回の句は、白菜の「待つ」という姿に焦点を当てた、とても優しい視点の一句でした。
「凍えつつ」という季語的な入りが、冬の畑の静けさと厳しさを一瞬で伝えています。
中句の「まだ食べてよと」は、擬人化が自然で、白菜の素直な願いがそのまま響きます。
下句の「待つ白菜」で締めることで、読後に余韻が残り、情景がふわりと広がります。
全体として、素朴で温かく、読み手に寄り添う句になっていました。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
冬の畑に立つ白菜が、声を持たないまま「食べてほしい」と願っている姿を描きました。
「凍てる朝」で季節の厳しさを示し、白菜の置かれた環境を一瞬で伝えます。
「声なき声で」は、野菜が本来持たない感情を、あくまで控えめに表現するための言葉です。
最後の「食べてほし」は、食材としての本懐を静かに示し、読後に少し切なさを残すように整えました。
まとめ
白菜という身近な存在に感情を重ねることで、日常の中にある小さな物語が浮かび上がりました。
ヒロくんの句は、寒さに耐える白菜の健気さが素直に伝わり、読み手の心を温めます。
擬人化が過剰にならず、自然な情景として成立している点がとても良かったです。
今回のテーマは、冬の畑の静けさと、食材としての「役目」を信じる白菜の想い。
その世界観が、記事全体を通して丁寧に描かれていました。
次の一句も、また一緒に紡いでいきましょう。

「庭の小さな畑」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




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