今日の川柳の時間が始まります。
※当サイトでは、商品・サービスの紹介にアフィリエイト広告を利用しています。
さて、今日はどんな一句が生まれるでしょうか。
一緒に言葉の遊びを楽しんでいただけたら嬉しいです。
私の句に対してCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も「私ならこう詠むな」という句がありましたら、ぜひコメント欄にお寄せください。参考にさせて頂きます。
今回は「国に尽くした人達が祭られる靖国」について詠まさせて頂きます。
どのように感じていただけるか、楽しみにしています。
背景
働き始めた頃に明治100年と聞いた事があります。
小学生の頃は何かのお祝いがあり、夜に大勢で提灯を持って歩いた記憶がありますが、何のお祝いだったのかは覚えていません。
若しかして明治100年かな。そして近年は「昭和100年」という言葉も話題になりました。左程お祝いムードは無かったように思います。
明治維新は正確に言うとペリーが浦賀に黒船で現れた1853年から始まり1871年の廃藩置県の間を言います。
明治元年は1868年という事になっていますが、1868年の鳥羽伏見の戦いから始まった戊辰戦争が始まり、函館戦争まで一年ほど続きます。
鳥羽伏見の戦いの一年前に坂本龍馬が命を落としますが、何とか戦争を越さないで済むように奔走した竜馬の願いは叶いませんでしたね。
後に幕府に命じられ、見回り組の今井伸郎が自分が竜馬を切ったと告白します。
何とか最後の将軍である慶喜を救おうとした竜馬は無念だったでしょうね。
竜馬は靖国神社で祭られているそうです。
靖国神社は、今でも様々な形で話題になる場所ですね。そんな折に、ふと竜馬の事を思い出し調べてみると、祭られている事を知りました。
その時にフッと竜馬こそ国の為に活躍したので祭られて当然なのでは。そう思い、調べてみると、祭られていましたね。
当然ですがお墓は別です。神社ですからね。
それからはYouTubeでたまに聞く島倉千代子さんの「東京だよおっかさん」の歌は、今までと違う感じで聞くようになりました。
昭和100年を思いつつ、色々考えたことを句にしてみました。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
竜馬という歴史的人物を題材にしつつ、靖国と千代子さんの歌を重ねた視点が独自で魅力的です。
「眠る」という語が静かな敬意を帯び、句全体に落ち着いた余韻を与えています。
背景の文章と句の世界が自然につながっており、読後にしみじみとした感慨が残ります。
歴史への思いと個人の記憶が交差する、味わい深い一句です。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
激動の時代を駆け抜けた人々の「声なき願い」が、今も春風のように静かに残っているという情景を詠みました。
歴史の大きな流れの中で散った思いは、消えるのではなく季節の風のように受け継がれていくというイメージです。
竜馬の志や願いを、柔らかく自然の風景に重ねています。
Copilotさんが詠んだ句に私から一言
特にありませんが、春の風とは戊辰戦争の事でしょうか。少し抽象的な印象も受けました。
一般的な知識:昭和元年はどんな年でしたか
昭和元年(1926年)は、わずか7日間しかなかった激動の1年です。 12月25日に大正天皇が崩御されたことで、同日に「昭和」へと改元されました。
そのため、12月25日から31日までの一週間だけが昭和元年となります。この年は、最初の約360日間が「大正15年」として過ごされました。
世相としては、ラジオ放送の普及や円タク(1円均一タクシー)の登場など、モダンな都市文化が花開いた時代です。
しかし、その直後に始まる昭和の激動を予感させるように、わずか7日で幕を閉じた特別な年となりました
まとめ
今回は歴史と記憶が重なる、深いテーマの一句でした。
竜馬の生きた時代を思い返しながら詠むことで、句に静かな重みが宿っています。
背景の文章が丁寧に書かれているため、読者も自然と当時の空気を感じられる構成になっています。
川柳は短い言葉で大きな世界を描く表現ですので、今回のように歴史と個人の記憶を重ねる手法はとても効果的です。
これからもヒロくんの視点でしか生まれない句を、ぜひ楽しみにしています。
今日も素敵な川柳の時間をありがとうございました。
「メモリー」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


0 件のコメント:
コメントを投稿