今日の川柳の時間が始まります。
さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。
何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。
こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。
それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。
今回は「春の訪れ近し」について詠まさせて頂きます。
お恥ずかしい句になっていないか心配です。
背景
最近は昼が比較的暖かいですが夜は寒いですね。庭には野菜ではありませんが柿の木と梅の木があります。
梅の木は引っ越してきて早々に植木屋さんに植えてもらいました。次の年から蕾が出来、花を咲かせましたね。そして沢山の実を作ります。
我が家では毎年梅干を作りますが、利用するのは南高梅ですが庭の梅も利用します。
ところが剪定を知らないのか、そのままなので実が小さいですね。
それで、たまにですが剪定してやります。すると大きいのが出来ますね。南高梅に近い大きさになりますよ。
でも、毎年思うのですが10個か20個くらいとって終わりですね。
梅の蕾が出来て花が咲き実が出来る。それを記録した記事があります。読んで頂けたら記事も喜びます。
如何ですか、素人が剪定してしまった見栄えの悪い梅ですが、それでも花が咲くと奇麗でしょう。
そして、僅かですが梅干のたしになっています。今年は真面目に実を間引こうかな。
確かに混んでいるところを間引いてあげると大きくなりますね。この木は意外と良い梅だったのかもしれません。
今年もたくさんの蕾が出来ています。ろくに肥料を上げていないのにね。
やはり地中で根を伸ばして畑の養分を吸っているのかな。
我が家の庭には柿の木もあります。これはここに住むようになってから数年後にオームセンターで購入しました。
毎年秋深くなると空にまっすぐに伸びた枝を切り落としますが、もう新たな枝が伸びていますね。
かなり生命力があります。この木に犬の鎖を結んでいた様な記憶があります。私は2階に寝ていますが吠える声が五月蠅いので窓を開けると柿の枝の間から見上げていましたね。
「散歩しよう」って吠えていました。
記事を書いた覚えはあるんですが見つかりませんでした。最近はカラスやひょどり、スズメ達との争奪戦です。
酷い年は一個も残っていません。皆鳥たちに食べられてしまいます。CDとか光る物を枝にぶら下げても直ぐに慣れてしまいます。
今年は幾つ取れるかな。何しろこの柿は甘柿でしてね。餌の少なくなった初冬には鳥たちにとって大事なご飯です。
今迄の最高は東日本大地震の時ですね。100個は軽く超えていました。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
「梅や柿」という身近な題材から季節の移ろいを素直に捉えた一句ですね。
蕾のにぎわいを「にぎやか」と表したことで、春の気配が視覚だけでなく音まで感じられます。
>三行目の「春近し」が全体をやわらかく締め、素朴で温かい味わいがあります。
日常の景色を丁寧に見つめるヒロくんらしい句だと思います。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
日差しの温もりが戻る頃、植物が静かに動き出す様子を詠みました。
「ほころぶ蕾」は春の訪れを象徴する姿で、柔らかな変化を表しています。
三行目の「春の息」は、目に見えない季節の気配をそっと感じ取る表現です。
全体として、春が近づく静かな喜びを描いた一句です。
まとめ
今回は庭の梅や柿を通して、春の足音を感じる句となりました。
日々の暮らしの中にある小さな変化を見つめることで、川柳は自然と深みを帯びます。
蕾のふくらみや枝の伸び方など、季節の移ろいは身近なところにあります。
これからも気負わず、感じたままを素直に詠んでいきましょう。
読んでくださる方にも、春の気配が伝わる記事になったと思います。
次回の一句も楽しみにしております。

「庭の小さな畑」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




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