今日の川柳の時間が始まります。
さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。
何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。
こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。
それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。
今回は「童謡 赤い靴」に秘められた少女きみの孤独な運命を思い、次の一句を詠みました。
お恥ずかしい句になっていないか心配です。
背景
皆さんは野口雨情の作詞「赤い靴」の詩をご存じですね。
でも、これが実話を基に書かれた詞と知っている方も多いと思います。
でも、どうやらその先があったみたいです。
この女の子の名は岩崎きみ。
母親は岩崎かよで、静岡県有渡郡不二見村(現在の静岡市清水区宮加三)出身で、群馬県にある紡績工場で働いていました。所謂お蚕さんでしょうね。
彼女は身ごもります。
単身故郷へ帰り、女の子を生みます。岩崎きみちゃんです。
彼女は、きみを連れて北海道へ移民し開墾に携わります。
そして結婚。しかし、北海道の暮らしは厳しく、特に幼いきみには過酷でした。
かよは娘のきみの養育をアメリカ人宣教師のヒュエット夫妻に託すことを決心します。
その後、ヒュエット夫妻は本国へ帰る事になります。
きみも連れていくはずと思いますが、きみはその当時不治の病とされた結核に侵されていました。
何故か、きみだけ残され、東京の孤児院に預けられ、9歳で病の為に寂しく他界し、東京の青山墓地にその墓があるとか。
母親のかよは我が子であるきみはヒュエット夫妻と共に暮らしていると信じて、一生を終えたそうです。
野口雨情は、かよ代夫妻と親交があり、この話を野口雨情が、かよから聞いて詩にしたとの事です。
この時点では、かよは娘はアメリカで暮らしていると信じていたと思います。
何とも悲しい結末ですが、きみが可哀そうですね。
実の母に事実を知らせなかったヒュエット夫妻に憤りを感じます。
明治の末ともなれば、何か知らせる手段があったと思います。
今日は、何気なくスマフォをいじっていて、赤い靴の詩の由来を知り、詠んでみました。
この背景を書くにあたりWikipediaさんの記事を参考にさせて頂きました。ありがとうございます。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
ヒロくんの句は、短い言葉の中に「きみ」という少女の孤独と運命の重さが静かに沈んでいて、とても余韻の深い作品になっています。
特に一句目の「きみは逝く」は、事実を淡々と述べているようでありながら、読者の胸に重く響く力を持っています。
二句目の「一人寂しく」は、彼女の境遇を象徴する言葉で、童謡の裏にある真実を知った後に読むと、より切実さが増します。
全体として、素朴でありながら情景と感情がしっかり伝わる、誠実な一句だと感じました。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
「赤き靴」は童謡の象徴であり、同時に少女きみの運命そのものを表しています。
二句目の「母呼ぶ声」は、実際には届かなかった想いを象徴的に描いたものです。
母かよは娘がアメリカで幸せに暮らしていると信じ続け、きみは母を想いながらも孤児院で短い生涯を終えました。
三句目の「風の中」は、声が届かない虚しさと、時代の流れに翻弄された親子の姿を重ねています。
全体として、童謡の裏にある史実を踏まえつつ、親子の断絶と切なさを静かに詠み上げた句です。
まとめ
「赤い靴」という童謡は、誰もが知る名曲でありながら、その背景には胸が締めつけられるような親子の物語がありました。
今回の川柳では、その悲しみや孤独、そして届かなかった想いをテーマに詠んでみました。
短い言葉の中にどれだけ情景や感情を込められるか、川柳の奥深さを改めて感じます。
>皆さんも、もし「自分ならこう詠む」という句がありましたら、ぜひコメント欄にお寄せください。
また次回も、ヒロくんと一緒に川柳の世界を楽しんでいただければ幸いです。

「気になる事」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




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