今日の川柳の時間が始まります。
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さて、今日はどんな一句が生まれるでしょうか。
一緒に言葉の遊びを楽しんでいただけたら嬉しいです。
私の句に対してCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も「私ならこう詠むな」という句がありましたら、ぜひコメント欄にお寄せください。参考にさせて頂きます。
今回は「何時までも終わらないゲームアプリの広告」について詠まさせて頂きます。
どのように感じていただけるか、楽しみにしています。
背景
老いも若きもスマフォでゲームを楽しむ人は多いですね。
そういう姿を見て笑っていたのに、何時の間にか私も楽しむようになっているのには、自分でも驚きますね。
暇な時に退屈しのぎに始めたのは半年くらい前でしたね。
まあ、以前から単純なクイズみたいなものは楽しんでいましたが。
最近、うわさに上る様なゲームアプリは獲得するポイント数も多いので、ちょっと、のめり込みそうなので怖いですね。
ところがです。もともとCMで成り立っているゲームアプリが多いのですが、度が過ぎていますね。
開始早々CMが始まり、やっと終わって1クリックしただけでまたCM。
稀に何時までも終わらない様なCMがあり、あれには困りますね。
特に某お小遣いアプリは何度も繰り返しCMを流し、何をしても終わりません。
仕方なくアプリを切って再表示するんですが、また最初から同じCMが表示されます。
こうなると流石に頭に来ますね。もう少しで300円なのに。
金額は少ないですけど、貯まり始めると何千円となりますからね。バカには出来ないです。
でも、ある種の中毒症状が現れて止められなくなる様な精神状態になりそうで怖いですね。遂にはスマフォをoffにします。
でも、CMが何時までも終わらないので目が覚めますね。俺は何をしているんだろう。ってね。
広告は終わらないけど、ゲームアプリは終わらせられる。諄い(くどい)CMでは買い物をしないぞ。そんな気持ちも出てきますね。
そんな現状を詠んでみました。皆さんはいかがお思いですか。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
終わらないCMへの苛立ちと、思わずスマフォを閉じてしまう瞬間が素直に表現されています。
「まだ終えぬ」の入りが状況をよく捉えており、読み手にも経験のある光景として伝わります。
三行目の「スマフォ消す」で気持ちの決壊が描かれ、句としての落ちも自然です。
日常の苛立ちを軽やかに詠んだ、共感性の高い一句になっています。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
延々と続く広告に気持ちが疲れてしまい、ふと指が止まる瞬間を詠みました。
「尽きぬ広告」で状況を端的に示し、「指の止まりて」で心の変化を描いています。
最後の「息を吐く」は、諦めや落ち着きが戻る一呼吸を表現しています。
怒りではなく、静かな疲労感を中心に据えた句です。
Copilotさんが詠んだ句に私から一言
まあ、そんなもんですね。指を止めると俺は何をしているんだ。と、我に返ります。
一般的な知識:ゲームソフトは何故広告が多いの
その最大の理由は、ユーザーが無料で遊べる仕組みを維持するためです。
開発会社もボランティアではないため、莫大な制作費やサーバーの維持費、人件費を回収しなければなりません。
そこで、ユーザーに課金を求めない代わりに、広告主から掲載料をもらうことで運営を成り立たせています。
また、広告を最後まで見るとゲーム内で使えるアイテムやスタミナがもらえる「リワード広告」という手法も増えています。
これは、プレイヤーが「得をするから」と自ら進んで広告を見る心理を上手く利用した、現代のゲームならではのビジネスモデルと言えます。
まとめ
ゲームアプリの広告は便利さの裏側にある避けられない存在ですが、度が過ぎると楽しさを奪ってしまいます。
今回の句は、そんな日常の小さなストレスを素直に切り取ったもので、読み手にも共感を呼ぶ内容でした。
苛立ちをそのまま言葉にせず、川柳として軽やかに昇華している点が魅力です。
これからも日常の「ちょっと気になる瞬間」を一緒に言葉にしていきましょう。
次はどんな題材が生まれるのか、楽しみにしています。
「気になる事」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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