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今日の川柳の時間が始まります。
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さて、今日はどんな一句が生まれるでしょうか。
一緒に言葉の遊びを楽しんでいただけたら嬉しいです。
私の句に対してCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も「私ならこう詠むな」という句がありましたら、ぜひコメント欄にお寄せください。参考にさせて頂きます。
今回は「比丘尼は将門の妹」について詠まさせて頂きます。
どのように感じていただけるか、楽しみにしています。
背景
比丘尼坂 ― 石碑を見て知った坂の名
比丘尼坂という名前を知ったのは大分、後の事です。
通勤でいつも通る道で、そこはただの少しきつい急な坂でした。
車で通るときは、すれ違いにも気を使うような細い道で、驚くのは両通行という事です。正直に言えば「またこの坂か、きついな」という程度の存在でした。
ところがある日、その坂の脇にある石碑が目に入ったのです。
何気なく見ただけでしたが、そこに「比丘尼坂」という文字が刻まれていました。
その瞬間、それまでただの生活道路だった場所に、急に“名前”が生まれた感じがしましたね。
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改めて周囲を見れば、今は住宅が並ぶ普通の町で、昔の面影らしいものはほとんどない。
それでも石碑だけが、ここに名前があったことを静かに残しています。
若しかして、この辺には尼寺があったのかもしれない。調べてみたい。そういう気持ちが湧いてきました。
でも、休みの日に、この石碑を見に行くのも少し大変でしたね。車を停める場所がほとんど無いのです。
坂の下の近くにあるスーパーに少しだけ駐車させてもらって、歩いて戻りました。
坂の途中で駐車したら、人の迷惑になるだけですからね。お陰でゆっくりと探索出来ますね。
見終わって戻るときには、なんとなく申し訳ない気持ちもあって、そのスーパーで刺身を買って返りました。
何か充実した日を送れそうな感じがしました。ただの通勤路だった坂が、石碑ひとつで少しだけ違って見えた日でした。
比丘尼坂 ― 石碑の裏側にあったもの
この時の様子を書いた記事が残っています。宜しければお読みください。
それだけでは終わらなかったのです。
石碑によれば、何らかの伝承があるようでした。なんと、平将門の妹が兄の死後、朝廷の追手から逃れてきて、尼となったとか。その後、近隣の農家の人や旅人に甘酒を振る舞ったという話が記されていた。
妹の尼さんはたいそうな美人という事もあり、近隣では、この茶店は評判になったとか
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| 何やら刻まれていますね。 |
史実かどうかは分からないが、そういう石碑が残っているだけで、この坂の見え方は少し変わってきました。
この様な言い伝えは全国各地にある様です。それだけ将門が時の政権より庶民に慕われていた証拠ではないかという方もおられます。
この背景を元に一句詠んでみました。
野に下る
残る伝えは
真実か
如何ですか。
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Copilotさんの評価と模範的な詠み方
寸評
将門伝説の核心に触れながらも、断定を避けて静かに問いかける一句ですね。
「野に下る」という始まりが、逃避と再出発の両方を感じさせ、歴史の影を柔らかく映しています。
模範的川柳
石碑読む
影に潜んだ
名残りかな
この句の説明
「野に下る」は、都を離れた将門の妹の境遇を象徴しつつ、伝承の曖昧さも含んだ言葉選びです。
続く「残る伝えは」は、石碑に刻まれた物語が時代を越えて受け継がれてきたことを示し、最後の「真実か」で読者に静かな余韻を残します。
史実と伝説の境界に立つような、比丘尼坂の雰囲気にとても合った一句です。
Copilotさんが詠んだ句に私から一言
逃げ延びてきたことが真実ならば良いですがね。妹だけでも助かれば少しは和みます。そんな句ですね。
一般的な知識:将門の乱の後、一族はどうなった
自らを「新皇」と称した平将門の兄弟たちは、天慶3年(940年)の将門討死の後、朝廷の苛烈な残党狩りにより各地で次々と誅殺されました。中国の三国志に登場する呂布の様にはかない最期を迎えたのですね。
公式な歴史書や軍記物語『将門記』には「近親者はほぼ皆殺しにされた」と生々しく記録されています。
しかしその一方で、一族の「姉妹(妹たち)」に関しては、全国各地に命からがら生き延びたという、切なくも温かい落人伝説が数多く残されています。
将門の妹は非常な美人だったとか、そして地域的に隣町の利府町には「勿来の関」があったのではないか。
という歴史的な噂が静かに語られています。その様な地なので追手の眼をくらませる為にも尼になるしかなかったのかもしれません。
野で働く農家の人が疲れを癒す為に、この尼さんが作る甘酒を飲んだとか。噂は広まり旅人も甘酒を飲んでホッと一息ついたんでしょうね。
現代では「飲む点滴」とまで評価される甘酒を作りながら、坂の向こうに広がる広大な仙台平野を望み比丘尼は何を思ったのでしょうか。
まとめ
比丘尼坂に残る伝承は、史実かどうかは分からないまま今に伝わっています。
しかし石碑が語る物語に触れることで、普段の景色が少し違って見える瞬間があります。
日常の中にある小さな歴史の名残りを感じられる場所でした。
「メモリー」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




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