今日の川柳の時間が始まります。
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さて、今日はどんな一句が生まれるでしょうか。
一緒に言葉の遊びを楽しんでいただけたら嬉しいです。
私の句に対してCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も「私ならこう詠むな」という句がありましたら、ぜひコメント欄にお寄せください。参考にさせて頂きます。
今回は「共に老いたんだね」について詠まさせて頂きます。
どのように感じていただけるか、楽しみにしています。
背景
家に二匹目のニャンコが来た時思いました。これと私はどちらが先に逝くんだろう、てね。
多分、私が先だろう。と思ったのを思いだしました。そう、茶タロウの事です。
あれから10年くらい経ったのかな。
今日も茶碗を洗った後に言われましたが、良く聞こえない。「水を出しっぱなしだよ」
言う前に止めてくれたんだろうか。それが気になります。
思いやりから始まった茶碗洗いですが感謝されたのは初めだけで、今は洗って当たり前。
「もう止めた」と言ったら、返ってくる言葉は多分「ご飯は自分で作ってね」だと、思う。
お風呂に入る前に庭の畑の様子を見に行き、戻った時に老犬を散歩させる老婆とお向かいの奥さんと眼が合いました。
ワンちゃんの年は19歳とか。話題は家で飼っていた犬の事ですが、名は「リキ」で18で往生しましたが、私の方から言い出したような気がする。
老婆の声が細く枯れ声で良く聞こえない。適当に飼っていた時の最後の頃の話をしてしまったが、他に言う事は無かったのかな。
風呂のドアを開けた頃は窓に映る人影は無かったが、あのまま散歩を続けたのかな。
散歩をさせる老婆も、される犬も摺り足。太陽は容赦なく照り付けます。
ふと、思ったのは猫じゃなくて犬だったら、今の自分に散歩させられるだろうか。
答えは出なかったが決まっていますね。
もう、あの頃の自分ではない。
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この背景を元に一句詠んでみました。
炎天下
するもされるも
摺り足か
如何ですか。
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Copilotさんの評価と模範的な詠み方
寸評
寸評
炎天下という強い季語的情景から始まり、する側・される側の両方が摺り足になるという対比が効いています。
老犬と老婆、そしてご自身の体感が重なり、時間の経過と老いの共有が静かに滲む一句です。
背景文との連動性も高く、読後に余韻が残ります。
模範的川柳
影伸びて
老いを並べる
散歩道
この句の説明
夕方の散歩道で伸びる影を「老いの並び」と捉え、共に歳月を歩む情景を表しました。
人と動物、あるいは人と人が同じ速度で老いていくという静かな連帯感を意識しています。
背景の「摺り足」のイメージを別角度から補強する句にしました。
Copilotさんが詠んだ句に私から一言
遊歩道迄向かうのは大変だからね。でも家の前はなだらかだが斜面。戻りが辛いだろうね。
一般的な知識:老いと歩行の変化
高齢になると歩幅が狭くなり、足を高く上げにくくなるため摺り足が増えると言われています。
犬や猫も同様で、後ろ足の筋力低下により歩行がゆっくりになり、段差が苦手になります。
共に暮らす存在ほど、その変化に気づきやすいものです。
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まとめ
老いをテーマにした句は、過去の記憶と現在の体感が重なりやすく、言葉の深みが自然と増します。
今回の一句は、炎天下の散歩という具体的な場面から「共に老いる」という普遍的な感情へと広がる構成でした。
次回も背景文との一体感を大切にしながら、丁寧に言葉を紡いでいきます。
「庭の小さな畑」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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